令和元年7月イタリア旅行記~プーリア編③
7月20日(金) 11日目。(プーリア3日目)
この日はゆっくり目にスタート。
朝ごはんを軽く取ってから昨日行こうと言っていたビーチへ。
我々に選択肢はないので言われるがままについて行くのですがどちらにしても岩場なんだろうしサンダルはつらいなぁ。

『Porto Miggianoポルト・ミッジャーノ』
断崖絶壁の横から階段があるんですがなぜか封鎖されている(形だけ)横からみんな当たり前のように乗り越えていきます。

何でこんなことになっているのかというと、もともと綺麗なビーチで人も多く来るので街としてもちゃんとした階段を作ったまでは良かったんですが、あまりにも断崖絶壁過ぎて崩れてくる心配が出てきたのでコムーネ(役所)としてはなんかあった時に責任取りたくないから『ココは封鎖されています。自己責任です。』の立場らしいのです。
どこも同じような感じですが見逃しているところがイタリア(笑)。
さて、結構難易度の高い降り口でしたがなんとかみんなで協力し合って降り立ったらこれがまたパラダイス!


日本のように遠浅ではないのでいきなり足が着かなくなる怖さもあるのですが下が見えるのでそれほどでもないです。

クリスティアーノは防水カバーのついたiPhoneを防水ケースに入れて片手を持ち上げながら泳いでました(どれだけ信用してないねん笑)。
そのお陰で小さい洞窟まで辿り着き、光の反射が青の洞窟!のなかで撮影会。(Grotta delle Ancore)
アルマーニ張りのポーズをとって写真を撮ったのですがこれが帰り際にまさかの・・・・・

記憶に残って記録に残らず。また来いという事でしょうか。
ゆっくり目には来ましたが人も少なく快適だと思っていたのは束の間、どんどん人が降りてきます。
慣れている彼らはこの辺が潮時だとあっさり退散。

近くに港というかボートの乗りつき場があるのでそこを一目見て、サラがビーチシューズを新調するので屋台を出しているお兄ちゃんのところで物色中、『もはや中国製のほうがクオリティ高くてこっちの中国製が8ユーロ、イタリア製が5ユーロ。どっち買う?』みたいなやり取りを楽しんで帰りました。
この日は僕たちが滞在している間に行われる一番大きいイベント、お父さんの友達が15人来て夕食を一緒にするとの事。そんなことに加われるのは一生ないことだと思って臨みます。
それには時間がたっぷりあるのでまずは昼寝(義務)からのちょっと観光的な場所へ。
ここがイタリア最東端にある灯台。人がいないのは名所としての知名度より地理的な問題かも。

シチリアの最西端に行ったこともありますが特別な感じはしません(笑)。

現地の観光ガイドにも載っているボーキサイト採掘場跡の人工池。

有料の駐車場がある割には何もないのに人は結構来てました。

妻はまったく興味を示しません(汗)。道の脇になってる野苺のほうが良かったみたいです(笑)。
夜の準備に少し不足があるらしく追加の買出しへ。

ワインも余分に買っているということは相当飲む人たちなのかもしれません。
帰ってからも我々はすることがないのでモジモジしながらジャックのお相手。

アペリティーヴォ用のスプリッツァもたっぷりと準備。

ワインを冷やすようの氷も自作しているなんてなんて細かい男、クリスティアーノ。



↑お母さんが調理をしているときに、『これは日本で買ってきてもらったとても便利な道具なの。もしまた見つけたら買ってきて頂戴(クリスティアーノは翌々日から東京へフライト予定)』って言ってたんですが結局見つけられなかったそうです。このアルミの穴の開いた使い捨てのグリル網、どこで手に入るかご存知の方いらっしゃったら教えてください。

基本そんなに凝ったものは用意してなさそうですが量が量なのと何種類も窯で焼くので体力を使います。そこはクリスティアーノ、馬車馬のごとく動きまくりです。



照明にこだわり、セッティングにもこだわり、みんなを満足させるために色々な種類の飲み物を用意して。
8時に来るといいながら全員が集合したのは9時半。それまでは食前酒を飲みながらつまみ食い。これがまた良く食べるしどれもこれも小麦粉ベース。お腹いっぱいにならないのでしょうか?結構高齢の方ばっかりですが・・・。



ここでもイクヌーザ。ジュリオのストックから分けてもらいました。

ご苦労様でした、婿殿。

遅くなるかと思ってましたが高齢の方々の夜は意外にも早く終了しました。
日にも当たっていたので心地よい疲れが眠気を誘って穏やかにベッドへ入れました。
明日はまた長距離ドライブ。
(続く)
この日はゆっくり目にスタート。
朝ごはんを軽く取ってから昨日行こうと言っていたビーチへ。
我々に選択肢はないので言われるがままについて行くのですがどちらにしても岩場なんだろうしサンダルはつらいなぁ。

『Porto Miggianoポルト・ミッジャーノ』
断崖絶壁の横から階段があるんですがなぜか封鎖されている(形だけ)横からみんな当たり前のように乗り越えていきます。

何でこんなことになっているのかというと、もともと綺麗なビーチで人も多く来るので街としてもちゃんとした階段を作ったまでは良かったんですが、あまりにも断崖絶壁過ぎて崩れてくる心配が出てきたのでコムーネ(役所)としてはなんかあった時に責任取りたくないから『ココは封鎖されています。自己責任です。』の立場らしいのです。
どこも同じような感じですが見逃しているところがイタリア(笑)。
さて、結構難易度の高い降り口でしたがなんとかみんなで協力し合って降り立ったらこれがまたパラダイス!


日本のように遠浅ではないのでいきなり足が着かなくなる怖さもあるのですが下が見えるのでそれほどでもないです。

クリスティアーノは防水カバーのついたiPhoneを防水ケースに入れて片手を持ち上げながら泳いでました(どれだけ信用してないねん笑)。
そのお陰で小さい洞窟まで辿り着き、光の反射が青の洞窟!のなかで撮影会。(Grotta delle Ancore)
アルマーニ張りのポーズをとって写真を撮ったのですがこれが帰り際にまさかの・・・・・

記憶に残って記録に残らず。また来いという事でしょうか。
ゆっくり目には来ましたが人も少なく快適だと思っていたのは束の間、どんどん人が降りてきます。
慣れている彼らはこの辺が潮時だとあっさり退散。

近くに港というかボートの乗りつき場があるのでそこを一目見て、サラがビーチシューズを新調するので屋台を出しているお兄ちゃんのところで物色中、『もはや中国製のほうがクオリティ高くてこっちの中国製が8ユーロ、イタリア製が5ユーロ。どっち買う?』みたいなやり取りを楽しんで帰りました。
この日は僕たちが滞在している間に行われる一番大きいイベント、お父さんの友達が15人来て夕食を一緒にするとの事。そんなことに加われるのは一生ないことだと思って臨みます。
それには時間がたっぷりあるのでまずは昼寝(義務)からのちょっと観光的な場所へ。
ここがイタリア最東端にある灯台。人がいないのは名所としての知名度より地理的な問題かも。

シチリアの最西端に行ったこともありますが特別な感じはしません(笑)。

現地の観光ガイドにも載っているボーキサイト採掘場跡の人工池。

有料の駐車場がある割には何もないのに人は結構来てました。

妻はまったく興味を示しません(汗)。道の脇になってる野苺のほうが良かったみたいです(笑)。
夜の準備に少し不足があるらしく追加の買出しへ。

ワインも余分に買っているということは相当飲む人たちなのかもしれません。
帰ってからも我々はすることがないのでモジモジしながらジャックのお相手。

アペリティーヴォ用のスプリッツァもたっぷりと準備。

ワインを冷やすようの氷も自作しているなんてなんて細かい男、クリスティアーノ。



↑お母さんが調理をしているときに、『これは日本で買ってきてもらったとても便利な道具なの。もしまた見つけたら買ってきて頂戴(クリスティアーノは翌々日から東京へフライト予定)』って言ってたんですが結局見つけられなかったそうです。このアルミの穴の開いた使い捨てのグリル網、どこで手に入るかご存知の方いらっしゃったら教えてください。

基本そんなに凝ったものは用意してなさそうですが量が量なのと何種類も窯で焼くので体力を使います。そこはクリスティアーノ、馬車馬のごとく動きまくりです。



照明にこだわり、セッティングにもこだわり、みんなを満足させるために色々な種類の飲み物を用意して。
8時に来るといいながら全員が集合したのは9時半。それまでは食前酒を飲みながらつまみ食い。これがまた良く食べるしどれもこれも小麦粉ベース。お腹いっぱいにならないのでしょうか?結構高齢の方ばっかりですが・・・。



ここでもイクヌーザ。ジュリオのストックから分けてもらいました。

ご苦労様でした、婿殿。

遅くなるかと思ってましたが高齢の方々の夜は意外にも早く終了しました。
日にも当たっていたので心地よい疲れが眠気を誘って穏やかにベッドへ入れました。
明日はまた長距離ドライブ。
(続く)
令和元年7月イタリア旅行記~最終日編
令和元年7月イタリア旅行記~シチリアからローマ編
令和元年7月イタリア旅行記~シチリア編⑥
令和元年7月イタリア旅行記~シチリア編⑤
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令和元年7月イタリア旅行記~シリチア編③
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