令和元年7月イタリア旅行記~プーリア編②
7月19日(木) 10日目。(プーリア2日目)
僕らがプーリアに入る数日前に凄い天候に見舞われたというのです。
https://bari.repubblica.it/cronaca/2019/07/11/foto/grandine-230985039/1/#1
『Grandine(グランディネ):雹(ひょう)』が降ったそうですがソフトボール大のものらしく車のフロントガラスが割れたりして凄い被害を受けたということ。
そんなことあるのかと思って調べてみたらこれ。

ソフトボールは大げさにしても、記事に書かれているようにビリヤードのボール並みの大きさはあります。
こんなものが頭の上から降ってくるなんて信じがたいことですが実際に起こったそうです。
今回の旅では一瞬ゲリラ的な雨が降ったのを屋内で眺めていたぐらいで水に濡れることはまだ一度もありません。
滅多にないことが起こったのでまたすぐに繰り返されることはないだろうとは思いましたがちょっと不安になりました。
それでも翌日の朝は文句の付けようがないほどの快晴。

地理的なことはわかりませんが、奥さんのサラは健康志向で朝の散歩を日課にしているのでそれについていくことに。

約一時間ほど歩くことを前もって聞いていたのでどのくらいのものかは想像できます。
彼らの家からさらに南に行くこと約6キロ、直線距離なら5キロほどでしょうか、目的地はSanta Cesarea Terme(サンタ・チェザーレア・テルメ)、ちょっとしたリゾート施設がある小さい街です。

途中色々この辺りの地形や歴史的な話などを交えながら、それでも一時間でそれだけの距離を歩くスピードで進んでましたので、カメラを持った僕は結構マジモード。

それほど背の高くない塔があちこちに見られるのが昔この辺りに住んでいた人たちの生活の名残。


保管庫の役割もあったそうです。
酪農をしている人たちが小屋、休憩所、別荘(?)的な目的で作ったレンガ造りの建物が廃墟となっていくつも点在していて、わりと立地として景色が良かったりするのですが住むにはかなり手を加えないと無理かも。


道端に見られる草花なんかもあまり見ることのないものばかり。

フィノッキオセルヴァティコ

ミルト
もっと澄んだ空の日はアルバニアが見えるそう。その先はギリシャか。

僕は携帯電話を持たずに(そもそも繋がらない)出てきたのですが、サラの携帯電話ですら繋がらないポイントもあったりとか、ここではぐれたら二度と帰って来れなさそう(一本道やがな)。



疲れているクリスティアーノと朝の運動に興味のない妻は、車だったら10分も掛からないといって僕らが目的地に着いたときに連絡しろと。




確かに景色を眺めている間に追いつかれました(笑)。

いい汗かいてからの朝食ですが朝一からはこんなもんです。

明日の朝はこの辺りのビーチ(砂浜はほとんどなし)に来るよといわれながらもこの日は家の向かいの岩場で泳ぐからと早々に退散。

帰ってシャワーを浴びることもなくそのまま海へ。直線距離だと150mほどなのですが岩が歩きにくくて到着に10分ほど掛かるのです。


ほほう、ジャックも慣れたもんです。


日本で海まで5分のところに生まれ住んでいたにもかかわらず、あまり海に行くこともなかった僕は、ましてや砂浜しか経験のない軟弱なビーチ対応力(?)では完全に準備不足でした。

それでも1度入ってしまえばそれはもう水は綺麗だし人はいないし最高に気持ちイイんです。

この辺りの人たちは慣れているのでこんなことも平気です。
次に来ることがあれば絶対チャレンジします(怖)。
近いもんだからいつまでも海にいなくていいんです。小1時間過ごした後もはやお昼ご飯です。

プーリアは黒ブドウ作りも盛んですがロゼワインも良く飲まれています。
軽めの食事を取った後はもちろん昼寝。
夕方またちょっとお出かけするまで(晩御飯。ここでも食べることしかしてません笑)休憩です。
ちょっと離れたところらしいのですが一応ちゃんとしたレストランなのでシャツを着用。



ココでも看板犬がお出迎えしてくれますが早すぎて(笑)。

7人のテーブル席でのディナーは見た目からして楽しそうでしょう?







帰りもお見送りしてくれました。

翌日はまた海に出かけるので早めに退散。
海、ワイン、ご飯、昼寝、ワイン、食事。
帰ってからの体重計が怖いです(汗)。
(続く)
僕らがプーリアに入る数日前に凄い天候に見舞われたというのです。
https://bari.repubblica.it/cronaca/2019/07/11/foto/grandine-230985039/1/#1
『Grandine(グランディネ):雹(ひょう)』が降ったそうですがソフトボール大のものらしく車のフロントガラスが割れたりして凄い被害を受けたということ。
そんなことあるのかと思って調べてみたらこれ。

ソフトボールは大げさにしても、記事に書かれているようにビリヤードのボール並みの大きさはあります。
こんなものが頭の上から降ってくるなんて信じがたいことですが実際に起こったそうです。
今回の旅では一瞬ゲリラ的な雨が降ったのを屋内で眺めていたぐらいで水に濡れることはまだ一度もありません。
滅多にないことが起こったのでまたすぐに繰り返されることはないだろうとは思いましたがちょっと不安になりました。
それでも翌日の朝は文句の付けようがないほどの快晴。

地理的なことはわかりませんが、奥さんのサラは健康志向で朝の散歩を日課にしているのでそれについていくことに。

約一時間ほど歩くことを前もって聞いていたのでどのくらいのものかは想像できます。
彼らの家からさらに南に行くこと約6キロ、直線距離なら5キロほどでしょうか、目的地はSanta Cesarea Terme(サンタ・チェザーレア・テルメ)、ちょっとしたリゾート施設がある小さい街です。

途中色々この辺りの地形や歴史的な話などを交えながら、それでも一時間でそれだけの距離を歩くスピードで進んでましたので、カメラを持った僕は結構マジモード。

それほど背の高くない塔があちこちに見られるのが昔この辺りに住んでいた人たちの生活の名残。


保管庫の役割もあったそうです。
酪農をしている人たちが小屋、休憩所、別荘(?)的な目的で作ったレンガ造りの建物が廃墟となっていくつも点在していて、わりと立地として景色が良かったりするのですが住むにはかなり手を加えないと無理かも。


道端に見られる草花なんかもあまり見ることのないものばかり。

フィノッキオセルヴァティコ

ミルト
もっと澄んだ空の日はアルバニアが見えるそう。その先はギリシャか。

僕は携帯電話を持たずに(そもそも繋がらない)出てきたのですが、サラの携帯電話ですら繋がらないポイントもあったりとか、ここではぐれたら二度と帰って来れなさそう(一本道やがな)。



疲れているクリスティアーノと朝の運動に興味のない妻は、車だったら10分も掛からないといって僕らが目的地に着いたときに連絡しろと。




確かに景色を眺めている間に追いつかれました(笑)。

いい汗かいてからの朝食ですが朝一からはこんなもんです。

明日の朝はこの辺りのビーチ(砂浜はほとんどなし)に来るよといわれながらもこの日は家の向かいの岩場で泳ぐからと早々に退散。

帰ってシャワーを浴びることもなくそのまま海へ。直線距離だと150mほどなのですが岩が歩きにくくて到着に10分ほど掛かるのです。


ほほう、ジャックも慣れたもんです。


日本で海まで5分のところに生まれ住んでいたにもかかわらず、あまり海に行くこともなかった僕は、ましてや砂浜しか経験のない軟弱なビーチ対応力(?)では完全に準備不足でした。

それでも1度入ってしまえばそれはもう水は綺麗だし人はいないし最高に気持ちイイんです。

この辺りの人たちは慣れているのでこんなことも平気です。
次に来ることがあれば絶対チャレンジします(怖)。
近いもんだからいつまでも海にいなくていいんです。小1時間過ごした後もはやお昼ご飯です。

プーリアは黒ブドウ作りも盛んですがロゼワインも良く飲まれています。
軽めの食事を取った後はもちろん昼寝。
夕方またちょっとお出かけするまで(晩御飯。ここでも食べることしかしてません笑)休憩です。
ちょっと離れたところらしいのですが一応ちゃんとしたレストランなのでシャツを着用。



ココでも看板犬がお出迎えしてくれますが早すぎて(笑)。

7人のテーブル席でのディナーは見た目からして楽しそうでしょう?







帰りもお見送りしてくれました。

翌日はまた海に出かけるので早めに退散。
海、ワイン、ご飯、昼寝、ワイン、食事。
帰ってからの体重計が怖いです(汗)。
(続く)
令和元年7月イタリア旅行記~最終日編
令和元年7月イタリア旅行記~シチリアからローマ編
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令和元年7月イタリア旅行記~シチリア編⑤
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